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山形 まんだら 覚醒へのタイム トラベル

またまた驚きの事実がわかりました!!

それは、東北地方と九州地方の一部に残っている「霊をよぶ人たち(オナカマ)」の霊場・霊地が、わたしたちのワーク センターの近くにありました。

なおかつ、強力な生命エネルギーを呼び込み、増幅放射する「金」とすべての邪(マイナスエネルギー)を浄化(殺菌・浄化など)する「銅」の鉱山でもあり、湧き水をとおして私たちに健康と幸福を与えてくださっていたところでした。

ならば、なんとかその大自然の強力なエネルギーを自然環境をこわすことなくそのまま、わたしたち個人個人にもその恩恵をさずかる方法はないのであろうかと、考えて、考えて以下の結果を出してみました。そう考えたのは、、「現代社会の自然環境は破壊され、心の荒廃は人類の危機」とまで言われているからなのです。

◎ 現代は、科学や医学の発達を過信して、人間が、おそれの心を忘れつつある時代になっています。当然、その発達のな かに取り込まれなければならなかったはずの、自然と人間との心のかかわり合い、人間と人間との心のからみ合いとい   ったものの大切さを、あまりにも簡単に捨て去ってしまったから、と思っております。

しかし、その結果 環境破壊や医学界では、「諸刃のヤイバ」と言われている現象が巷では恐れられています。

だからこそ、シャーマニズムを波動的に現代化するときだと感じたのでした。

代表 岡崎 孝徳

T.菱形まんだらの地

● 波動写真と波動CD

U."オナカマ"の修験・霊場(覚醒)の地

● 波動写真と波動CD

オナカマとは

"オナカマ"とは、「仲間」のことではないのです。

神や仏の霊をよぶふしぎな力をもっているばあちゃんたちを山形盆地に住んでいる人たちはこう呼んでいるのです。

みなさんが知っておられる青森県下北半島にある恐山にあつまって、亡くなった人たちの霊をよんで、話をすることができるという、あの"イタコ"というおばあちゃんたちと同じなのです。これらのオナカマたちは、山形県の内陸地方である山形盆地の各村々に住んでいて、村人たちのなくてはならない相談相手だったのです。

地方によっては、口寄せ巫女を「オナカマ」・「ワカ」・「ミコ(山形県庄内地方)」などとよばれています。

このような方々は、村に住みつき、村人の相談に応じて身の上を占ったり、運勢を探ったり、さらに神や仏と交信し、その意志までも語り伝えることができる口寄せ巫女オナカマ。 山形県村山地方のオナカマは、すべて盲目の女性でした。

全盲か、あるいはほんのすこし光が見える人もいますが、ほとんど、ごく幼い時期に失明しています。

オナカマのふしぎな口寄せの術は、こうした盲人だけがもつことのできる鋭い勘が土台になっているそうです。

そしてさらに修行によって練り上げられ、ふつうの人には想像もできないほど研ぎ澄まされた神経と感覚を身につけるようになったのです。それに加えて、修行のなかで、師匠から教えられたり、商売をつづけるうちに何度も体験したりして人間の悩みや苦しみ、つまり人生というものを、事実に即して豊富に知りつくしているのです。

そうした中で、オナカマたちは、相談相手にたいしてきちんとした常識的な解決の方向づけをしてやる知恵と判断力を身につけてきたのです。

また、経験を積んだオナカマは、自分の精神状態を自由にコントロールすることができ、いつもただちに催眠術にかかったような夢遊の状態に入ることができる、ということなのです。

きびしい修行によって、ほんとうに神仏の霊が自分の体に入りこむと信じているオナカマは、夢遊の状態においても、ひとりでに霊になりきった動作をおこなうようになるものです。つまり、無意識のうちに、神の場合は神となり、仏の場合は仏となりきってしまうようです。そして、その神がかりの演技を見た人たちはまた、それを信じこむのです。

このようにして、心や体の治療のためにおこなわれる、呪術性の高い形をしたイラタカの数珠やアズサユミ・トドサマを用いておごそかな口寄せの儀式は、大きな精神療法としての働きをもつことになるのです。 まさに、現代で言う「心身の病は精神・意識から」を実践していたのですね。

オナカマたちのような神や仏をよび出すふしぎな世界を「シャーマニズム」といいますが、現代社会におけるシャーマニズムの世界のあたらしい意味づけが必要なときが来たように私は思えます。

ちょっと気になるお話

古代エジプトのシャーマンは、暗い部屋のなかで、病人の患部を手にからませておいた蛇の舌でなめさせることによって治療をおこなっていました。

 

ギリシャの最古の医神「アスクレピオス」も蛇の絡んだ杖を持っていたとの事実があります。

また、旧ソ連にもこれと類した話があります。山形市内のあるデパートで、北シベリアを中心にした草原地帯から発掘されたシルクロード関係の遺物を展示してあるものの一部に、南北シベリア地方のシャーマニズムの資料も展示されていた道具が、数限りなく共通していたことに驚くばかりです。

その中で、オナカマのトドサマによく似た、木の棒の先に布をむすびつけたオンゴン霊は、棒の先にからみついた蛇であると考えられると説明していました。

そして、オナカマやイタコなど、東北地方口寄せ巫女も、蛇にみたてた「オシラサマ」や「トドサマ」を患部に触れることによって、病人の治療をおこなっていたといいます。

遠く離れたエジプトの蛇と、ギリシャの蛇、南シベリアのオンゴン霊と、東北地方のオシラサマやトドサマ。この四つを結びつけて考えることは、あまりにも飛躍過ぎるかもしれません。

しかし、このことによって各国のシャーマンたちには、なんらかの共振・共鳴のような結びつきがあるのでは、との話しもあるのです。

最後に「ヒーリングや医術を意味する紋章」までが蛇を象徴しているのです。

オナカマとエナジー・アーティストの比較表

《 オナカマ 》
霊 をよぶ人たち

《 エナジー・アーティスト 》
大岡波動研究所の修了者

自分の精神状態を自由にコントロールし、すみやかに、夢遊の状態に入り、その状態のなかで、神や仏の霊がやってきて、自分の体に入り込んだと信じ、無意識的に、それになりきった行為をすることです。

変性意識状態にし、意識を目標に合わせ(共振)て、神や仏・未成仏霊などとの会話をし、クライアントにお伝えしたり、エネルギーを使って修正・浄化などを行い、現在の苦しみや悲しみなどを解除します。場合によっては、邪魔なものとの闘いもあります。また、幽体離脱をして時空を越えて目的地などに行って施すこともあります。サイキック能力、サイコメトリーなども使います。


《 使用する道具・テクニック 》

  • トドサマ(仏神おろし・病気治療用)

  • 数珠(じゅず・祈祷用)

  • 剣(つるぎ)

  • 鏡(かがみ)

  • 祈祷札(おふだ)

  • 筮竹・算木(ぜいちく・さんぎ・占い用)

  • 梓弓(あずさゆみ・霊をよぶ)

  • O−リングテスト

  • 三脈法

  • L字ロット

  • フーチ・ペンジュラム

  • 神光法

  • 神手法

  • その他神々から授かりしもの

《 どんなことをするの 》

  • 神おろし(仏神様をよぶことができる)

  • 仏おろし(亡くなった人の霊をよぶことができる)

  • 人間にとりついた悪い霊を追い出す(除霊)

  • 病気治療

  • 占いをする

  • 祈祷をする

  • 常に神々と仏神との交信ができる。

  • 先祖霊・未成仏霊・動物霊・妖怪・魔物などとの交信ができます。

  • 人間にとり憑いた悪い霊や悪魔を浄霊・祓魔祓などをおこなう。

  • クライアントさんの心身の浄化・健康を高めるためのヒーリングをおこなう。

  • クライアントの生涯の運気を占う。

  • 邪魔なものや障害になっているものすべてを浄化などをおこなう。

  • 願望実現のための遠隔転写などをおこなう。

  • 幽体離脱を使って、前世・クライアントの幼少の時代・他の惑星などなどに対処するためにエナジーなどを使う。

  • その他クライアントさんが苦しんでいる・悲しんでいることの解消のためにサイキック能力を使う。

* この「オナカマ」と同じような口寄せ巫女たちは、現在では、東北地方と沖縄県にしか存在していません。

オナカマの本山 お月山(つきやま)霊場

昔、岩谷十八夜観音堂内で、神つけというオナカマになるための儀式や道具の授与などもおこなわれました。 祭典の日だけにかぎらず、オナカマたちは、よく参拝におとずれています。

このように、オナカマたちと岩谷十八夜観音とのつながりは、その本山といってもよいほど深いきずなで結ばれています。

では、月山つきやまと岩谷の関係とは、いかなるものでしょうか。

月山がっさんもった」と言えば、いわゆる出羽三山である月山・羽黒山・湯殿山のうちの月山に登ってお籠もりをしたということになるでしょう。しかし、この話は、鎌倉時代のことなのです。 そのころは、出羽三山は、きびしい女人禁制の山で女性であれば、お籠もりをすることなどは、とうていできません。

そこで、月山がよく望めるところに、女人月山とでもいうべき、女の人たちの登る霊場がつくられたのでしょう。

もしそうだとすると「月山」と「岩谷」は、どう結びつくのでしょうか。

岩谷への登り口、柳沢の北隣りに、土橋という集落があります。 ここは、古い歴史を秘めているところで、黒曜石のナイフ型旧石器が見つかったり、鎌倉時代と推定される経塚きょうづかが、偶然発見され、朱で書かれた経文のはいった経筒が出土したりしています。

ここはまた、月山神社があります。これは、「月山」と書いて「つきやま」と読み、岩谷十八夜観音堂の拝殿に似た阿弥陀堂造りの様式をとどめています。

この月山神社には、大きな霊場の名残りをとどめています。

岩谷十八夜観音堂

山間の過疎部落、中山町岩谷の十八夜観音堂は、昔から目の神様として栄えたところです。観音堂の縁起には、飛鳥時代に開基されたそうです。

遠い昔、おそらく、平安時代の終わりごろは、観音堂の南西約1kmの高峰山頂近くの「奥の院の洞穴」は、尊い坊さんがおもりをする修行の場であろうといわれています。

こうした坊さんたちは、霊力を得るために、木食(穀物を断ち、木の実をたべること)をし、水ごりをとって、100日間の行をしたところともいわれています。

岩谷十八夜観音は第三の眼を開眼する仏神か

ある日、瞑想による体外離脱によって岩谷十八夜観音堂に行きました。ちょうど8月18日の祭典もあることだし、と思ってのことです。

お堂周辺を歩いていると、どこからともなく「第三の眼・第三の眼・第三の眼」と聞こえてきました。

「…… 第三の眼 ?」と頭の中をかけずっていたら、あることに気づき、「ちょっと 待ってよ!」「これって、もしかして」と心で叫んだら、神々たちもニコッと笑顔です。

これは、わたしだけの推論かもしれませんが、この岩谷十八夜観音は目の神様として栄えたところです。

オナカマたちは、この岩谷十八夜観音を本山として修験・参詣していました。では、何のため? オナカマたちは、幼少のころに失明しています。山形県村山地方のオナカマは、すべて盲目の女性でした。 なのになぜ目の神様に?

もし、失明した目が治ったならば、わざわざオナカマになる必要はないはずです。では、なぜ岩谷十八夜観音をオナカマたちは修行の場としたのでしょうか。 また、奥の院には、崇高なお坊さんが100日間の修行を行ったと言います。仏の道を習得したお坊さんたちがなぜ「この場所」に集まるのだろうか?

ここで「第三の眼を開くため」といえば納得です。すでに失明した女性たちは心の目・第三の眼を開くため、そしてますます見えるようになるため、だとしたら納得するのです。

なおかつ、十八夜は月の欠けが半分という意味です。これは、人間にたとえると半眼です。

瞑想・透視・時空間を超えるなどのときは、すべて半眼(変性意識状態の時)になっています。

もし、盲目が治らなければ、仏神のお神力で第三の眼を開眼させていただき、第三の眼(心の目とも言われている)ですべてを見れば最良であり、その能力が持続するよう願いを兼ねていたのだと考えていたからではないのか。 そのためには、一定の修行と自己覚醒が必要でしょうが。こんなことが理由の一部にあるならば、眼の神様である岩谷十八夜観音がオナカマたちの本山になっているのがよく理解できます。

そして、『聖水や本山のエネルギーを人体のある三箇所にしみこませることが大事だ』と教えていただきました。

第三の眼については事実のようです。
後日、中山町立 歴史民俗資料館で拝見させてもらったうちの資料の中に、第三の眼の開眼を祈願する「絵馬」がありました。

第三の眼の正体

神秘学や超能力の世界で語られる「第三の眼」――――。

その神秘の器官を、今もなお持つ生物がいた! しかもそれは、わたしたちヒトの脳内でも、いまだに生きつづけているという。

伝説に包まれた脳内器官・松果体

「松果体」という、脳内の内分泌器官をご存じでしょうか。

普通に日常生活を送っている限り、ほとんどの人はそんな器官と一生かかわり合いを持つことはないでしょう。

松果体とは、脳の一番奥、間脳と呼ばれる部分から後ろ上方に突き出た小さな器官です。長さは12ミリ、重さは170ミリグラム程度です。表面にでこぼこがあり、形が松ぼっくりに似ているのでこのように名付けられました。

奇妙なのは、脳の一部でありながら、この器官には神経細胞が含まれていないということです。ほとんどが「松果体細胞」と呼ばれる特殊な細胞でできており、これにごくわずかのグリア細胞という細胞が混ざっています。

松果体は、古くから存在が知られていましたが、機能についてはまったく不明とされ、そこからさまざまな憶測もなされてきました。

松果体はあらゆる脊椎動物の脳に広くいきわたっていることがわかってきました。また「自我」レベルのものならば、これもかなりの高等哺乳類が持つらしいのです。

一方、精神世界に詳しい人なら、松果体で最初に思い浮かぶのは、いわゆる「第三の眼」の本体であり、人間に本来備わっていたさまざまな超能力をつかさどる器官であるという説でしょう。

ネット検索してみると、―――古代インドの哲学では、人体の正中線にそって7つの「チャクラ」と呼ばれる「氣」ないし「エネルギー」の集中するポイントがあり、なかでもとりわけ重要なのが額の中央、松果体の位置にあるチャクラです。

松果体は宇宙のエネルギーを受信し、予知や透視能力、体外離脱などの超能力をつかさどる器官であり、多くの仏の額に描かれている「第三の眼」もまさしく松果体の象徴にほかなりません。 この器官本来の能力を衰退させて久しい現代人でも、訓練しだいではそれを強化し、再び開くことができるとされています。―――。

壮大な十八夜の道

オナカマ本山的存在として心を寄せた岩谷十八夜 観音の十八夜とは、どういう意味をもっているのかと考えました。

十八夜信仰とは、昔からおこなわれてきた月待(つきまち)の行事のようです。

現在も、豆名月とか芋名月といって、秋の十五夜の満月の出を待ち、芋や豆、それにススキなどの秋の草花を供えて祭る年中行事がつたえられていますが、これは、昔の月待の名残りなのです。昔は、七夜待といって、月待の夜は七晩ありました。

天台宗の寺では『七夜待之大事』という、修験道の作法を書いた古い書物がつたえられています。

それには、七夜待は、十七夜から二十三夜までとあり、それぞれの夜の月に見合う観音が定められてあります。

十 七 夜 千手観音、  十 八 夜  十八夜正観音、 十 九 夜 馬頭観音、
二 十 夜 十一面観音、 二十一夜  准てい観音、  二十二夜 如意輪観音、
二十三夜 勢至観音

そのほかの月待には、庚申待こうしんまちと二十六夜があったと書いてあります。庚申の仏は、青面金剛しょうめんこんごうであり、二十六夜の仏は、愛染明王あいせんみょうおうです。

十五夜の満月は、日がたつにつれて欠けてゆき、十八夜の月は、夜10時ころ、東の山から半分欠けたような形になって登ります。その形が、まるで観音様のようにありがたく見える。というのです。二十六夜の月になると、まるで三日月のように細長くなって、明け方ちかく、東の山から立って昇ってくるが、その月の形があまりにも細長いため、かげろうのようにゆらめいて見えます。それを、このあたりの人たちは、ちょうどろうそくのように見えるので、「燈明とうみょうぶつ」といって珍重します。そしてこの月は、明けの明星とよばれる金星とならんで出てくるので、そのありさまが、三尊仏のようだといわれています。

山形盆地の中央部には、十八夜講もさかんだったらしく、十八夜塔がとても多いようです。岩谷観音に参詣さんけいした人たちに、十八夜講に結集する人たちが多かったことは、講中単位の祈願札のあることでわかります。

近くの山形市江俣に「十八夜塔」が小さなお堂の中にあり、大切に祭られてあります。享保きょうほう六年に建立されたものだそうです。

◎ では、十八夜観音の「18」と1+8=「9」の数霊的には、どのような意味があるのでしょうか。

・ まず、日本古来の秘法でいう{18}という意味は

形霊:

キーワード:

空間・虚空・津・水・根気・素因・恩師・シオン

意味:

18は水と緑の深い地球の呼吸数です。私たちの体も地球も多くの水を含んでいます。そのことに想いをはせながら、根気よく内なるものと外なるものを浄化していきましょう。

      

身削げば身削ぐほど磨かれ、研ぎ澄まされます。変容する地球のリズムに意識を合わせ、体と大地を一体化させてみましょう。

マントラ:

内なる泉 温もりて 湧き出る根の気 虚空を照らす

・ つぎに{9}という意味は

形霊:

キーワード:

3方陣は1〜9までの数で成り立ち、もっとも簡素化されたマンダラである。3方陣を発展させた9方陣は1〜81(光)までの数でミロクの世を表しており、その素になるのが9です。9は社会や国家をまとめるための豊かさと教養を示す数。また9は龍神と深い縁を持つ。

意味:

18は水と緑の深い地球の呼吸数です。私たちの体も地球も多くの水を含んでいます。そのことに想いをはせながら、根気よく内なるものと外なるものを浄化していきましょう。

      

三六九の世の橋渡しとなる数霊。一の位での最高数を示すため、1〜8までのすべての要素を内包し、完成へと向けての完結を示す。

マントラ:

おのずから かたまり始めし 自疑おのころ島 あめの浮き橋 渡るは今

・ では、カタカムナ数霊での{18}の意味は

感じる心を持った生命、という意味です。命と心が発生します。人間は何かを感じたとき、まず最初に「ア」という音を出します。トーラス循環の始まりで、「数霊18」が命のサインです。
そして1桁化すると「9=球」となります。

・ では、{9}の意味は

テの「発信・放射」とは、何らかの情報を意図を持って出すことです。発信なので、受信者がどこかにいることになります。そして受信されれば、また返信が返ってくる可能性があります。
濁音の「デ」は、外に軌道を作って、その中に発信・放射することです。電車、電子、電話など、デがつくものは、線路や、軌道、回線を作ってその中で発信・放射していますね。

◎ 次に地番ではどうでしょうか。  十八夜の住所は 東村山郡中山町金沢岩谷1105です。

「1」と「5」と1+1+5=「7」の数霊になります。

・まず、日本古来の秘法でいう{1}という意味は

形霊:

キーワード:

ヒ・フ・ミのヒは「火」であり「霊」。ヒト・フタ・ミのヒト「人」であり「霊止」。「霊止」は玉し霊が肉体に宿った状態であり、その玉し霊こそが神(大自然)からの分けミタマ。まずは自分の存在が宇宙に在ることからすべては始まる。唯一無二の存在として。

意味:

物事の始まりを示す数霊。原初の響き。とも書き、存在の本質はからできていることを表している。

マントラ:

何事も 始めの一歩が 肝心ぞ 一より出でて 一へと還る

・ つぎに{5}という意味は

形霊:

キーワード:

桜や梅の花びらは5枚。ヒトデの姿やオクラのかたちは五角形で、梨の種は5つ、5は大自然そのものを表す数であり、3方陣の真ん中にあるように中心を示す数。
キーワードには"緑・円""阿吽あうん""王"など。

意味:

大自然・宇宙の意志を表す数霊で縦のハタラキを示し、変化をもたらすと同時に中心性を表す。日、霊、陽から生まれた生命の息吹を感受して神意と共に生きる様を示している。

マントラ:

熱き血潮ちしおの 意の血イノチあれ 神の映し世 ここにあれ

・ では、{7}の意味は

形霊:

キーワード:

ドレミファソラシ、日月火水木金土、古代七大金属のように、人は古くから7をひと区切りすることにりようした。七大不思議もその一つ。したがって7は"ひと揃いした""一巡した"ことを表す性質です。
そのハタラキとしては"循環"。

意味:

物事が段階を追って成就し、一体となった様を示す数霊。七福神、虹の七色、七つのチャクラのように一つにまとまって完成形を表している。と同時に、一つの完了は次の大いなる飛躍を意味する神秘的でパワフルな数霊力を持つ。

マントラ:

生まれたるは 日の本(ひのもと)に 鈴振り 鳴るぞ 生して 成せ

・ では、カタカムナ数霊での{1}の意味は

根源から出る・根源へと入る

カタカムナの48は、次元数1の「ヒ」から始まっています。これは、すべてがヒ=1次元のヒモであることを示唆しています。宇宙はヒモからできているという「超ヒモ理論」と同じかもしれません。

ヒモが描いたトーラスの内か外のどちらにいるかで、「根源から出る」か、「根源へと入る」かが決まります。普通、最初は根源から始まるので、優勢なのは、「根源から出る」のほうですが、トーラスとは永遠循環する装置、また必ず入っていくので、たとえどちらを使っても間違いにはなりません。

・ では、カタカムナ数霊での{5}の意味は

伝わるモノ・陰

「イ=伝わるもの・陰」とは、振動し、回転し、移動する光であるのトキのエネルギーがその動きの中で作り出 す空間のことです。陽は、激しく動く光ですが、光も実は宇宙のアマから離れることができません。膜の上を振動 しながら滑っていくだけですが、その動きが、宇宙の膜を押し広げ空間を作り出します。その押し広げられた膜で覆われ た空間を「伝わるもの」あるいは「陰」と呼び、これは実際に現象化した粒子となります。しかしこの段階では、まだ核 を持つ原子ではありません。その前段階です。この膜で覆われた陽のエネルギー空間を、カタカムナでは「トコロ」と呼 びます。陽のエネルギーのトキと、このトコロのペアーを時空間と呼び、陰陽と呼んですべての物質・生命体の元である とみます。実はこの空間である陰が本当の神だとカタカムナで言っているのです。すべては素粒子から宇宙まで、相似る 形(相似象)なので、人間もひとつの時空間(陰陽)ととらえることができます。空間とはエネルギーを入れる容れ物の ことですが、人間の生命エネルギーの容れ物は肉体です。肉体は命がなくなると滅びてゆくので、生命エネルギー(陽) が作り出したかげと言えるのですが、しかしこの陰が、命の循環を作り出すトーラスの本体になっているのです。 肉体があるから、陽の生命エネルギーは循環するのです。そして、その陽の命の動脈を伝えているものがこの膜で覆われ た容れ物、つまり身体なのです。身体(物質)は陰なので一瞬一瞬、減んでいきますね。カタカムナではこの「減びゆく 身体こそ神」とみています。……だから必ず失う「今」という一瞬に生きなさい! というのです。「5=イ=身体」こそ、 人間が持ちえたかけがえのない「神」。日本人の命に対する優しさは、この考え方が基本となっているのだと思います。

・ では、カタカムナ数霊での{7}の意味は

調和

統合する中心部分は調和の空間になっています。調和とは、2つ以上のものが、ひとつとして機能することを表していま す。この2つのものとは陰と陽のことで、調和とは統合したものが、ひとつとなり抵抗をなくすこと……つまりつながっ てエネルギーがよどみなく流れ出すことです。

以上で解りますように、人間にはなくてはならない霊場であり、発信の場所でもあるようです。 わたしたちもさらに努力をして超覚醒が実現化するよう心がけてまいります。

【 十八夜観音堂の湧き水 】

十八夜観音堂の敷地内に湧き水がありましたので、ペットボトルに入れて持ち帰りました。
翌日にペットボトルを見るとペットボトルには無数の気泡がみられます。 おどろきです。
湧き水で気泡を見たのは初めてです。

金の産地と霊地信仰

岩谷奥の院付近から流れを発する石子沢( いしこざわ )は、岩谷への上り口柳沢とその南隣りにある金沢( かねさわ )というところとの中間から平坦地に出ます。

この金沢は、金の伝説をもつ集落です。

いまは、白山神社の北側一帯を「銅屋敷」と呼び、その地名だけが残っているが、昔は、銅屋敷と呼ばれるほどさかんな時代があったことがわかり、金や銅の採掘がかなり大規模におこなわれていたとのことです。

言い伝えによれば、「湯沢(ゆざわ)」というところに、銅の採掘跡がいまも残っているといいます。

そこは、石子沢をずうっと上っていったところで、金沢の銅屋敷と呼ばれる土地のちょうど裏側にあたっていて、川底から硫黄分(いおうぶん)を含んだ水が湧き出しています。昭和の初めまで、ここに鉱泉宿があったといいます。

なんと!! 近くに「タガマヤ村 座敷わらし」があります。

泊まると幸せになれる宿と言われている「タガマヤ村」

東北地方では座敷わらしは座敷や蔵に住む子供の姿をした神様と言われており、見た者は幸せになるそうです。

また、家に富をもたらす、立身出世するなどの言い伝えもあるそうです。

〔 ご自由にどうぞ 〕コーナーから掲載させていただいております。

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